外戚として権勢を振るった
安東金氏による政治の専横が始まると、官職から追放された両班があぶれ、また政治綱紀が乱れ汚職・収奪などの横行が頻繁に起こるようになり、農民反乱が頻発するようになる。
そのなかでも大きな反乱が、1811年に起きた洪景来の乱である。
これは農民だけでなく、西北地方への地域差別に対する反発や没落両班、新興地主などを巻き込んだ大規模な反乱となったが、ほどなく勢いを失い、1812年に鎮圧されている。
安東金氏は次代、わずか7歳で即位して22歳で崩御した憲宗、次々代王哲宗にも王后を送り込み、外戚として権勢を振るった。
勢道政治は、哲宗の時代に絶頂を迎え、59年にわたって李氏朝鮮の政治を牛耳っていた。
一方、1845年にはイギリスの軍艦が済州島付近の海域に侵入。
1846年には、フランス海軍によるカトリック弾圧に対する抗議など、西洋列強の干渉が始まる。
そのなかでも大きな反乱が、1811年に起きた洪景来の乱である。
これは農民だけでなく、西北地方への地域差別に対する反発や没落両班、新興地主などを巻き込んだ大規模な反乱となったが、ほどなく勢いを失い、1812年に鎮圧されている。
安東金氏は次代、わずか7歳で即位して22歳で崩御した憲宗、次々代王哲宗にも王后を送り込み、外戚として権勢を振るった。
勢道政治は、哲宗の時代に絶頂を迎え、59年にわたって李氏朝鮮の政治を牛耳っていた。
一方、1845年にはイギリスの軍艦が済州島付近の海域に侵入。
1846年には、フランス海軍によるカトリック弾圧に対する抗議など、西洋列強の干渉が始まる。
update:2010年02月22日
